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月別アーカイブ: 2013年11月

Altの赤点からの留学(高校留学編)その5

Altの赤点からの留学 高校留学 2013年11月30日

さて,前回留学とは生活ですと話した私ことAltですが実はとても大きな問題にぶつかった事があるんですねー.

当時18歳であった私はこの問題によって大きく考え方を変えさせられたのです,

 

その問題とは留学とは切っても切れない国の違いによる問題でした.

事のきっかけは一緒のクラスだった日本人と韓国人の口論からだったのです.

 

海外の小さな学校ですとやはり日本人は「日本人」というグループで見られますし,他の国から来た人達も同様に「国」として大きく括られてしまうことが多々あります.

 

もちろん個人としてしっかりと力を発揮できる方もいらっしゃるのですが,高校生であった当時の私にはこの括りは存在していたと思います.

 

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これは昨今騒がれている様な事が問題になったのではなく,ある意味国際人としては未だ未熟だったから起きた問題と言えます.

当時クラスメイトだった日本人の彼は韓国の事をほぼ何も知らない状況でした.

そんな彼が心無く言ってしまった一言が韓国人であった彼を怒らせてしまったのですね.

 

私を含め日本人は韓国人や他の国の人達とも仲良くしていたのですが,それでも話が国単位の内容になるとこういった問題は表面化してきてしまいます.

個人として,国として,この差が非常に大きいのですね.

そして一歩日本を出たのであれば,最低限知らなくてはならない事があると言う現実を私はその身をもって知ることになりました.

日本人同士であっても人が集まれば個々の意見があり,その差が問題を起こす事は当然あるでしょう.

まして「言葉」という大きな要素が足りてなければ,当然そこに誤解も生じますし修正するにも大きな労力を必要とします.

こう言った認識の違いや文化の違い,歴史や時事に関わることは留学生であれば割と身近な問題として関わる事があります,

国としての問題をその場で解決する事は当然できませんが,個人としてであればそういった問題にも十分対応できると私は思います.

 

私はこの事があってから,大きな括りで縛るのも縛られるのも嫌だと感じる様になりました.

個としての良さを見失ってしまう様な大きな括りで判断し,それを言葉として発するのは良くないと強く感じたのですね.

これだけ聞けば留学って大変だと思われるかもしれません.

しかし,この問題は私に「外から日本を見る」という新しい感覚を与えてくれた大事な出来事であり,留学という経験は国内に居ては絶対分からなかったであろう良さや悪さに気がつかせてくれたのです.

どうかこれから留学する皆さんにはもちろん安全で楽しい留学をして頂きたいと思いますが,出発前でも現地についてからでも少しこういった国際人としての内容にも目を向けて頂けたらと願うものです.

 

さて5回続けてまいりましたAltの赤点からの留学(高校留学編)もここで一旦御終いです.

機会がありましたらまだまだこれから7年続く高校留学編(卒業編)・オーストラリア短期留学編・ニュージーランド大学留学編・オハイオ州大学院編といった留学ブログをお見せしたいと思います.

それでは,また                                 ALT

Altの赤点からの留学(高校留学編)その4

Altの赤点からの留学 高校留学 

前回の話で高き山を登り切りCrazyの称号を得た私ですが,この登山は私の高校留学に大きな変化を起こしました.

標高3600mもある山に水分・食料はおろか装備も無しで登ると言う捨て身の技で知名度を得た私は登山終了からしばらくの間はアメリカ人の学生達に声をかけられる事が多くなっていました.

これは私にとって嬉しい誤算であり積極的になるチャンスだった訳ですね.

 

何が理由であれ自信がついたのが大きく,片言だろうがボディランゲージをフル活用してコミュニケーションを取り色々な週末トリップ(映画やハイキング,バスケット観戦等)を皆と一緒に行くようになって私にもようやく英語を聞く事が出来る様になってきたのです.

絶対的なコミュニケーション量が足りていなかった数ヶ月と違い、常に英語の中に居た事が大きかったですね.

 

特に私はクラブ活動をいくつか選択しており,言葉が通じなくても出来るサッカーと先生達の子供を教会の地下で預かるチャイルドディべロップメントと言う保父の様なクラブに参加していました.

もちろん未だ下手くそな英語しか話せませんから,問題点は山積みではありましたが.

 

特に心に残っているのは,4歳の女の子が私に懐いてくれて絵本を片手に私の膝の上に座り読んでくれと言われた時の事です.

下手でたどたどしい発音で突っかかりながら絵本を読み始めて3ページ.4歳の女の子に無言で絵本を閉じられました.

これはかなりのショックで教会中の絵本を音読する練習をした程です.

 

とにかく暗くしていると誰も寄ってきませんから,努めて明るく!誠実に!が当時の基本でした.

日本人の先輩や同期生の人たちとも仲良くする様になり,彼らの友人やタイ人・台湾人・韓国人・ブラジル人等とも接していくことで私の生活は大きく変化したと言えます.

その頃になって初めて学校から数キロ離れた場所に大型のスーパーマーケットが有ると言う事実を知り,そこで醤油や偽サッポロ〇〇,お米等が買える事が分かったのです.

やはり日本人先輩の話は聞いておくものですねー.

週末トリップでソルトレイクシティのショッピングモールに行けた時にしかそう言った買い物が出来ていませんでしたから,これは大きな変化でした.

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留学とはまるで英語を学びに行く事だと思いがちですが,実は大きく違うと私は思います.

目的は人それぞれ色々あるでしょう.資格を取る為だったり,会話能力を高める為,スポーツ等もそうです.

 

しかし,留学とは実は「海外で生活する」と言うことなんです.

当たり前のことを言ってる様にしか聞こえないですよね?

でもこれは数ヶ月の短期留学と何年も行う長期留学の大きな差だと思います.

短期留学であれば時間を惜しみ集中して勉学だけに励み,食事も我慢が効くでしょうし多少の人間関係も気にしなくて済むことです.

長期留学になると,そこには「生活」という大きな要素が確実に関わってきます.

生活の中には勉強やスポーツ以外にも食べたり遊んだり眠ったりと色々な要素が絡んでくるんですね.

 

私は当時から今まで無類のゲーム好きでとにかく遊ぶのが大好きです.

そんな私が半年以上もゲーム一つやらず英語の勉強の事だけを考えてまずい御飯も我慢し寒い夜も我慢し,たまに行く映画(もちろん英語)だけが楽しみだったのです.

ストレスですよ,こんな生活は!

 

長く続けるには自分の趣味や食事といった環境も大事です!

もちろん一人部屋に篭ってゲームしているだけでは全く意味ありませんが,アメリカ人の友人を作るアイテムとしては優秀だと私は思います.

留学する前までの自分をいきなり全て変えて生きるのは息苦しく,それはホームシックを始めとする様々な問題の起点となると思います.

留学に行く前に決めた自分ルールを頑なに守るのは,情報も得ずに結論を急いだのと同じ事なんですね.

生活していて必要なものを必要だと感じる事もきっと留学を成功に導く大きな要素だと思います.

 

今回はここまで!

次回は高校留学で起きた大問題に赤点からちょっとマシになったAltが挑みます!

Altの赤点からの留学(高校留学編)その3

Altの赤点からの留学 高校留学 

さて留学開始から早数ヶ月,一般的には3ヶ月で話せる様になるなんて言いますが!

いやー,それはやっぱりやる気満々で基礎英語力があって積極的に話かけていける明るい性格の持ち主の方じゃないと難しくないかな?っと当時は思ったものです.

 

当時の私だってもちろんやる気はありました!色々な人と接して友達作ってルームメイトとも仲良くしてなんて思ってましたが,一つ大きな勘違いをしていたと思います.

それは周りの学生は僕の為にそこに通っている訳じゃないという基本ですね.

 

失敗を恐れ積極的になれず周りが声をかけてくれるのを待っている状態だったのを記憶しています.

ルームメイトにしても話かけても面倒くさそうに対応されるのを見て話しかけては申し訳ないかなぁ等と心配してしまい疎遠になってしまいましたし,きっかけの無い他の学生には声をかけるのも難しい.

なるべく色々な週末トリップ等に参加してチャンスを増やそうともしましたが,基本一人で行動しているのが普通になってしまいました.

結局少しでも相手をしてくれそうな先生達の側に居ることが増え,先生と数言の会話をするぐらいしか出来なかったです.

 

そんな中Wasatchacademyの毎年恒例行事となっていた山登り(Mt.Nebo)に学生は全員参加と言うことで参加することになったのですが・・・.

この時私は二つ目の大きな間違いをしていた為に後に非常に大変な目に会うことになるのです.

その間違いとは「英語の勉強に来たのだから日本人とはなるべく関わらないし日本語を使わない様にする」と言う初心者的な発想だったのです.

英語が全く通じてない私にとって同じ学校に通う先輩や同級生の日本人は貴重な情報源だったはずなのです.

しかし当時の私は真面目過ぎた!

本当に接していかなかったし,話しかけられても片言の英語で対応してました.

今思い出すと赤面ですが,当時の私としては真面目だったんです!日本人同士で一緒に居たら英語を使わないし意味がない!と本気で思っていたんですね~.

 

そんな孤独な状態のまま山登りに参加

これは翌年のMt.Nebo登山の際に分かった事なのですが登山開始前に先生がこう説明していました.

「この登山はいつ降りてきても構いません.装備が無い人や体の弱い人だと上の方は大変寒く雪も残っている所が多い.風も強いから凍えてしまいます.頂上には先に出発した先生が登頂者名簿と暖かい飲み物を用意してくれていますから必ずサインして下さい」

はい,8割分かりませんでした.山へ登るのだと言うことと頂上へ着いたらノートに名前を書くんだなーくらいの理解力です.

 

装備(?)はTシャツ・ジーンズ・デニムYシャツ・スニーカーでした.

出発する際に割と重装備な先生や暑いだろうにウインドブレイカーを着ている生徒も何人か見かけましたが多くの学生は普段着通りだったのでハイキングみたいな感じだと思ってましたね.

さて,登り始めて5分多くの学生がUターンして降りて行くのを見て私は何事?と思い釣られて一度下山.下に居た学生達は皆思い思いの事をしているだけで一向に登山を始める気配が無い.

不思議に思った私は約20分遅れで再度登山開始.

すれ違う登山客の人達とHiと挨拶しつつ気分良く登り続け周りの景色が緑の木々から灰色な岩場になって来た頃先生の一人に追いつきました.

水分・食料はおろか装備と呼べる物を何も持たず登っている私に初老の先生は「ここから先はその装備じゃ厳しいよ.そろそろ戻った方がいい」(推定)と声をかけてくれたのだと思います.

理解出来てない私は「登ります!」と答えガンガンと登っていったのです.

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この写真だとそれ程寒そうではありませんが,実際はすぐ側に雪有り風冷たくその日は雲も厚かったので日光の恩恵も無し!

山頂まで後少し!と言うところで,いやいやこれはハイキングじゃないだろ?(無論ハイキングではない)と座り込んでいた私に周りの登山者や学校の顔見知り達が解り安く「Let’s Go!」と声をかけてくれ最後の力を振り絞り山頂までたどり着く事ができました.

「ここにサインするとTシャツが貰えるぜ!」とサインさせられ,登山を始めて以来初めての水分(ホットコーヒー)を貰いました.

皆私にやけに優しく,笑いながら「Crazy」を連呼していたのがなぜが嬉しかったですね.

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海外にいる日本人は大事な情報源であり,先輩であり仲間です.

一人で全て何でもできるわー!って人も居るかもしれませんが,何か病気になったり問題が起きた時に頼りになるのもやはり日本人だったりもします.

日本人とだけ一緒に居てもせっかくの海外留学が無駄になってしまいますが,ちゃんと交流して仲間になっておくことを強くお薦めします!

 

長くなりましたが今回はここまで!

Altの赤点からの留学(高校留学編)その2

Altの赤点からの留学 高校留学 

さて赤点だった私が初めてアメリカの高校に留学して初日のことでした。

ドーメトリー(寮)は各部屋2人で一年目は日本人同士にならない様になってました。

私の初年度のルームメイトは高校3年生のクリス君、金髪ツーブロックで線の細いスタイリッシュな好青年といったアメリカ人らしいアメリカ人でした。

 

部屋に入ると寮長さんがルームメイトであるクリス君に私の事を説明している様でしたが正直何を言っているのかまるで分かりません。

時折こちらを見て軽く笑ったり、オーバーなゼスチャーで何かを訴えている様でしたが何も理解できない私はただ只管部屋の入り口に立ちすくみ声をかけられるのを待っている事しか出来なかったのを覚えています。

 

一通りの話が済んで寮長に手招きされて初めて私はクリス君に自己紹介されました。

おそらくですが「僕はクリスだ、よろしく!」の様なニュアンスで言ったのだと思います。

私は日本を出る前に用意してあった挨拶用の文章を丸暗記したものを使い自己紹介しました。

英語の授業で習った様な文章を発音も何もあったもんじゃないレベルで話したもので、クリス君も寮長も今一つ理解出来ていない表情でした。

焦った私は日本から持ち込んだ電子手帳を取り出し日本語から単語を変換して二人に見せ強引に理解させ何とか難を乗り越えたのです。

部屋で荷解きしている間もクリス君は何度か話しかけてきましたが、理解できず困った顔をしていると短く「OK」とだけ言われコミュニケーションも全く取れなかったです。

 

部屋にいることに息苦しさを感じた私は外を見に行こうと電子辞書を片手に出かけました。

そして寮から外へ出ようとした時、そこにたむろしていた数人のアメリカ人に何やら声をかけられたのです。

「What’s Up」今思えば定番中の定番である挨拶ですが、私の辞書にある挨拶英語にそれは存在していませんでしたね。

私の耳には「Stop!」と言われた様にしか聞こえず、私は止まれ!と言われたのだと勘違いして立ち止まりました。

しかし彼らはその後仲間同士で話しているだけで私に何か言ってくる気配もなく、私はただその場所に立ちすくんでいたのです。

彼らの中の一人が私の異変に気がつき「OK,You can go」と言ってくれたのです。

幸いOKとGoと言う単語は聞き取れたのでそこから移動する事ができましたが、行く先々でStopStopと言われる謎が解明されるには2ヶ月を必要としました。

また重要なことはホワイトボードに書いてあると言う事実にも気がつかず初日の朝礼をいきなりぶっちぎってWorkHoursを言い渡され訳も分からず強制作業をさせられたのも今となっては良い思い出です。

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これだけ英語で苦労して私は気がつきました。

英語を話すには文法云々より、単語量が必要!そして定型文として活用しやすい物を優先的に覚えた方が圧倒的に楽です。

細かい文法を一々気にしていては伝わるものも伝わらないのが実情だと思い知りました。

 

もっとも英語赤点で用意も無しに留学する人はそう多くは無いかもしれませんが、会話はやはりキャッチボールです。特にアメリカ人はパスをどんどん回していくテンポの良い会話スタイルですからあまり考え込んでいては相手にされなくなってしまいますね。

短くても単語を繋げただけであっても、まず伝わり理解できることが最重要です。

口語でしか使わない様な言い回しや、略式の書き方等は知っておくと生活では随分楽になると思います。

今回はここまで!次回は英語赤点Altが英語も解らず山を登ります!

Altの英語赤点からの留学(高校留学編)

Altの赤点からの留学 高校留学 

高校留学をしよう!そう思ったのは映画を日本語字幕では無く演じている俳優さんの英語そのもので理解したいと思ったのがきっかけでした.

しかし,そう思った私には二つの問題点があったのです.

一つ目には既に高校2年生も終わりでアメリカの高校は9月から始まるという事実.
二つ目には日本の高校英語で随時赤点を取り続けていたという事実でした.

 

留学に行きたいと言い出した私を周囲の人々は全力で止めました.
赤点なのに,来年は3年生なのに,友達と会えなくなるのに・・・.
どれも私が留学とは縁遠い人間であった事の証明と言えるでしょう.

それでも私は両親を説得し先生を説得し,友人を説得し留学することに決定しました.

私が初めて海外に出たのは高校3年生の8月末の事でした.

留学しようと思ったから英語の勉強を頑張った訳でも無く,高校3年の1学期でさえ赤点のままでしたが私はO型だった事も関係あるのか「なんとかなる!」とアメリカはユタ州のMt.Pleasantと言う田舎の小さな高校へ留学したのでした.

 

カルフォルニアで乗り換えしてソルトレイクシティへ,そこからバスで数時間.
人口にして2000人足らずの小さな村に第二の母校となるWasatchAcademyはありました.
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学生総数137人ととても小さな学校ではありましたが,両親としては全寮制で治安の良い所をと選んでくれた場所でした.
実際の所,村には店も数える程しか無く走ってる車がどこの誰の車か覚えるのに半年とかからない程度の規模でしたので犯罪者が居たらすぐ見つかってしまう感じでしたね.

それでも英語で話す事が初めての私にとって,海外旅行すら経験がありませんでしたから何もかもが新鮮であったことは確かです.

 

日本の高校では3年生でしたが,英語力を考えて現地では高校2年生として入学する事になり留学初日で1年ダブってしまった訳ですが大雑把な私は気にもしていませんでした.

こうして英語赤点で話す事も聞く事もままならない私の留学生活はスタートしたのです.

次回は英語赤点高校生がアメリカ人高校生とルームメイトに!
挨拶すら意味が解らず一方通行だった私が最初の苦難を迎えます!

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