海外留学保険「お役立ちコラム」

カテゴリー別アーカイブ: アメリカで思いっきり生きる

Minatoのアメリカで思いっきり生きる。vol.5

アメリカで思いっきり生きる 2013年12月14日

こんにちは!Minatoです:)

 

とうとう4回にわたりみなさんに私のアメリカライフ体験記を綴ってきましたが5回目となる今回が最終回となりました!

さて前回お伝えした通り、最終回の今回はタイトルにある通りアメリカで思いっきり生きるために”やりたい事全部やってやる!”を執筆したいと思います。

 

私は、前回の記事の通りオクラホマ州立大学卒業後にOPTを取得し、その後就職のためにニューヨーク州マンハッタンへ移住しました。

私がOPT先を住み慣れたオクラホマ州または西海岸のロサンゼルスや日本に近いハワイではなく、ニューヨークを選んだ理由には、大学先攻にマスコミュニケーション学を選択していましたが、就職先に更にマスコミを学ぶため行こうと決めた訳ではありませんでした。

当時は、早く大学を卒業し、日本へ帰国し就職するだけを優先し学生生活を送っていましたが、

ある日、自分の将来を考えた日がありました。アメリカに留学したといえどオクラホマという田舎しか見た事がなくアメリカの都会を知らずにアメリカ生活を終える事を長い人生を見て後悔すると直感しました。

そのため何も考えずただただその瞬間にニューヨークへ行こうと決めました。
その後マンハッタンに身を移した後、OPTの権利は原則18ヶ月間ありその時にその時にしか出来ない事をしよう!と心に決め興味のある全ての企業へ片っ端からレジュメとカバーレターを送り続けました。

ジャンルはマスコミではなく元々興味のあったファッション、イベント、デザイン関連へ的を絞りました。

その結果、興味のある企業から何カ所からお誘い頂き、勤務日を週の7日間フル活動で働きました。

中でも刺激的な仕事は、ニューヨークコレクションファッションショーに参加しているブランドの仕事を経験できた事でした。ショーを作り上げるまでの時間をデザイナー含めチームと一緒に過ごし、また出会った事ない職業の人と出会うなどまさにニューヨークでしかできない経験を存分にすることができました。

その後、OPT期間を終え日本へ帰国しアメリカで得た経験を元に憧れていたファッションイベント業界へ就職しました。

しかし日本で過ごせば過ごすほどニューヨークの街が恋しくなり、結婚を機に独立しニューヨークへ移住し今があります。

 

アメリカではアマチュア、プロ、世代関係なく全てが自分の行動次第でどうにでも道が開く国なんだと生活し、仕事をし感じています。

さて最後まで読んで頂きありがとうございました。
あなたも海外へ長期間滞在できるチャンスを存分に活かしあなたの人生を思いっきり楽しんでください!

またどこかでお会いできればと願っています。

Have a Great day!

text: Minato F.

Minatoのアメリカで思いっきり生きる。vol.4

アメリカで思いっきり生きる 2013年12月7日

こんにちは!Minatoです。

 

時間が経つのが早い物で今回でこのブログも4回目を迎え、私のアメリカ留学体験記も残りあと1回となりました。

さて、残り2回はオクラホマ州から移住した先のニューヨークでの出来事を書きたいと思います。

4回目の今回は、前回お知らせした様に”自分の可能性にチャレンジ!”を書きます。

頼れる家族と離れ日本から遠く離れたアメリカにいると自己責任で何から何まで自分でしなければいけない環境になります。

そのような環境は、忍耐•根性•考え方の柔軟性などを培う時間として大切な時を過ごし今振り返るととてもいい経験をさせてもらえたと思っています。新しい事への挑戦や好奇心へ踏み出す心を大事にすることを学びました。

その中でも大学を卒業し、その後OPTを取得し仕事の勤務地として選んだニューヨーク州へ行くために車でオクラホマ州よりニューヨークへ移動した日々をよく思い出します。オクラホマ州からニューヨーク州マンハッタンまでは距離にして大体2500km、日本列島がすっぽり入る距離です。
引越をかねて車に荷物を積み、ドライブ23時間の道のりを3日間かけて移動しました。
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2500kmを移動する間には5つ以上の州をまたぐため各地でそれぞれの有数な歴史的場所を見物したり、その州でしか食べられない産地物産を食したり、オクラホマでは見る事の出来なかったメジャーリーグを観戦するなどまさしくアメリカでしかできないことを存分に満喫する時間となりました。

社会人になり日々の仕事に追われていると留学生活の中で学生の時に時間に余裕がある日々をどのように活用し、やりたい事を思いっきり楽しむ事が重要だと感じています。

人生は、大人になると億劫になったり、時間の融通が効かなかったり、一歩踏み出す事に躊躇してしまうことも若いうちにたくさんやったもん勝ちだと信じています。振り返れば今ではもう二度と2500kmのロードトリップに挑めないと思いますが、2500kmを走りきった!という自信は私の中にあります。

大切な大学生活に無謀な挑戦をたてて成し遂げる事は今後の人生の揺るぎない自信と勇気になるんだなーと日々実感しています。また今後もその人の人生を大きく飛躍する要因になるんではないでしょうか。

みなさんもせっかくの海外に行く機会、日本ではできない目標をたてるといいかもしれませんね。

さて最終回の次回は、”やりたい事全部やってやる!” です:)

Have a great weekend!

TEXT: Minato F.

Minatoのアメリカで思いっきり生きる。vol.3

アメリカで思いっきり生きる 2013年11月30日

こんにちは!Minatoです:)
前回の更新から1週間が過ぎましたがみなさんの1週間はどんな感じでしたか?

アメリカは、昨日からThanksgiving holidaysシーズンになり、街がハロウィンの時から模様替され一気にクリスマスシーズンに突入しました。
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やっぱり1年で12月のニューヨークが一番綺麗で大好き!きらびやかですね〜:)

そんなアメリカではThanksgivingが終わると翌日のBlack Fridayと呼ばれる日に行われる大セールに備え、家族総出で早朝からお店に並んでいる光景をよく目にします。電子系などが安くなるのはサイバーマンデーといって翌週の月曜日にセールが行われます。

1年に一度のお祭りの様な賑やかさで活気づくのもこのシーズンのご酸味です。アメリカに留学予定の人はこのシーズンを楽しみに過ごすのもいいかもしれませんね♪

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さて今回は、前回お知らせした”留学生活も慣れたし、車の免許を取ろう!”を書こうと思います。
私が留学していたオクラホマ州は、電車など通ってなく車がなければ買い物にも行く事の出来ない環境でした。渡米直後は、日用品を買いに近所のスーパーへ2時間歩いて買いに行く日々でしたが、とうとう車の免許を取って車のある生活がしたい!って思う様になりました。

車の免許を取るためにまずする事は、仮免許の取得。

仮免許用にかかる費用は1回$20。やすーぅい♡

仮免許の取得方法は、いわゆる筆記テストと呼ばれる物でしたが、実際は担当員がいる前にパソコンが2台置いてあって、各自呼ばれたらそこに行き、全部で25問?4択問題のテストでした。仮免のための勉強は、過去問がネットなどで出回っているためにそれをひたすら覚えて終わり。もちろん私も前日に暗記していったので1発でパス♡やったー!っていうことで見事仮免GET!

翌日には知り合いから安く車を譲ってもらいドライバーデビュー!!!!

しかし、運転の仕方分からない!ブレーキとアクセルがどっちかもわからない!やばーーーい!

そうなんです。アメリカでは、運転を教えてくれる施設なんてないのです。運転できるのが当たり前とされています。家族が教えてくれたり、友人が教えたりと車が生活の一部となっている環境ならでは。

仮免発行翌日の夜、友人に運転を教えてもらい、数時間後には高速道路で運転させられるスパルタ教育をうけました。

その数週間後、本免を受けに再度テストを受けに行きました。

内容は、面接官が自分の車に同席し指示通り車を動かせたら合格。自力で特訓した結果、あっさり1発合格でした。

アメリカって色々な意味で太っ腹!って思う瞬間でした。
アメリカ留学を考えていて日本で免許をとっていないあなた!経済的にもこちらでの取得を私はお勧めしますよー♡

さて、次回は”自分の可能性にチャレンジ!”を書きたいと思います。

またね〜♡♡

Have a good weekend!

Minatoのアメリカで思いっきり生きる。vol.2

アメリカで思いっきり生きる 2013年11月20日

こんにちは。Minatoです:)

すっかり私の住むニューヨークは冬の気候に変わり、先日にはなんと雪が降りましたよ*
しかし雪の翌日には、気温が17℃まで上がりその翌日には5℃以下と体調を崩さない様にするのに気が張ってしまう1週間となってしまいました。

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さて今週は、先週の記事に書いた様に
” 家族も友人もいない!誰も頼れない環境でなんと病気に!どうする!”を書こうと思います。

私は19歳でアメリカに留学をしてから幾度か病院へお世話になる機会がありましたが、最初の1年間は色々な問題により、私は何の保険にも加入せずに渡米したのです。
【裸一貫】とはこのことだと今振り返ると切に思います。無謀すぎました。

そのため、最初の1年間は病気にならないように歯が痛くならないように毎日を慎重に生活していたのを覚えています。
飛行機に乗っても墜落しないようにハラハラドキドキ。車にひかれないかヒヤヒヤ。しかしやっぱり体調不良には勝てませんでした。高熱になり病院に行くか、大学のヘルスセンターに行くか迷い、泣く泣くヘルスセンターへ。

ここでは日本の保険カード(数に限りがあるが海外の治療費もカバー)で押切り、その場をやり切りました。

お恥ずかしながら私の場合は、渡米してからアメリカの医療事情を知りました。アメリカの生活の上で保険はとっても大切だと実感しています。
日本と医療制度の大きな違いには下記の3つ。

•国民健康保険の加入が義務ではない(2008年当時)

•救急車を呼ぶのに莫大なお金がかかる

•歯の治療には1本の虫歯治療に10万超えは当たり前

これを見ると本当に日本て良い国だな〜って思いますよね?
よくアメリカで耳にする話は、

“子供が車にひかれこのままだと死んでしまう可能性があります。一刻も早く病院へ搬送しなければなりません!お母さん救急車よんでいいですか?”

この問いかけにお母さんの答えは

“救急車は呼ばないでください!彼の命は神に託します。”

まだまだ貧富の差が大きいアメリカでは、救急車を呼ぶと医療費で破産するのは多々あるのだそうです。救急車要求請求額は、州ごとに金額は違います。世界一高いと評されるニューヨーク州では、距離にして2ブロックだけで$3000ほど。高ッ!高すぎッ!

別の州、カリフォルニア州では、タクシーの様に基本料金に搬送距離に応じた加算がされるようで、広大な土地のカリフォルニアでは病院まで車で1時間かかる事はよくあること。その請求額はもう怖くて知りたくないですね。

でも我が子の命、、、金額には堪え難いと思ってしまいますが、、、明日の生活がかかっていると思うと決断せざるを得ない選択なのでしょうか。タクシー代わりに悪用されると報道があるほど日本の救急車が便利でまた人々の生活にとって絶対的に安心する存在である事が分かります。
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以上の様に無謀な挑戦(?)をせざるを得なかった私のアメリカで保険なし生活ですが、その後はちゃんと保険に加入し病院にも行かれる様になりました。しかし救急車は未だに呼んだ事はありません;)

さて、次回は”留学生活も慣れたし、車の免許を取ろう!”で会いましょう♡お楽しみに:)

Have a wonderful day!

TEXT: Minato.F (http://www.elevenplus3.com/)

Minatoのアメリカで思いっきり生きる。vol.1

アメリカで思いっきり生きる 2013年11月12日

初めまして。

アメリカ ニューヨーク州で暮らすMinato(ミナト)です。本日より週に1度、計5回にわけて私の実体験したアメリカで外国人としてみられても思いっきり生きる!生活を皆さんにお届けできればと思います。

Minatoの経歴

–米国州立大学入学、卒業

–OPT取得後、NY州へ移り住み2年間ファッション業界にて勤務

–その後、日本へ帰国しファッションイベント会社へ勤務

–結婚を経てNYへ移住、その後、起業し現在に至る

 

まず初回の今回は、私の学生時代をご紹介!

現在、NYで生活してますがNYに来る前は、オクラホマ州エドモンドという街にある大学に通い留学生活を送っていました。

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↑これが私の母校♡

オクラホマ州と言っても広いアメリカ大陸の中でどこに位置しているか分からない人の方が多いと思うので地図をご用意!
下の地図の赤いところが私の2nd Hometown, OKLAHOMA!(オクラホマ)

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NBAのチームのThunder(サンダー)もあり、田舎だけど田舎じゃない!と信じている州民達。

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最近では、巨大ハリケーンがオクラホマに襲来し日本でも多くの報道がされ記憶に新しい人も多いかもしれません。
そんなハリケーンの通り道として知られているオクラホマ州ですが、
私がいた街のEdmond(エドモンド)は、州都であるOklahoma Cityから車で20分ほどしか離れていない小さな街。

小さくとも米国では、有数な裕福な街として知られています。州全体としても天然ガスや、石油、また農業などの産業が盛んで経済成長が米国の中でもトップクラスを誇ります。

そのために治安はとても過ごしやすく、また学費、物価、税金などは学生にとってもお財布に有り難い街でした。

交通手段は、車のみまたは、徒歩。でもとてもとても土地が広いので徒歩で広範囲に動く事は出来ず、生きるためには車を所有せざるを得ない環境でした。

人種は、オクラホマ州の下にテキサス州を超えるとメキシコがあるためメキシコ人が多いかと思いきやほとんどが白人の州でした。割合を調べてみると白人が7割、黒人が2割、アジア人その他が1割とありました。

うへぇ〜!ほとんど白人だわ!x((

治安もよく学費も安いとあれば、留学するにはとても過ごしやすい環境が揃っていたためにアジアからの留学生は数多くいた記憶があります。それでも大学の授業で日本人1人という状態は頻繁に起きました。シャイな私にとっては、叫びたくなる様な思い出もたくさんありましたが、今は良い思い出です。

さて、そんな大好きなオクラホマ州での生活も4年近く過ごせば色々な事が起きました。

次回は、家族も友人もいない!誰も頼れない環境でなんと病気に!どうする!を書こうと思います♪
お楽しみに:)

Text: Minato F. (http://www.elevenplus3.com/)

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