海外留学保険「お役立ちコラム」

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ota_otaの渡米体験記 fin

ota_otaの渡米体験記 2013年12月3日

こんにちは、ota_otaです!

毎回うまく表現できない部分や伝えきれない部分があり落ち込んでしまうのですが、泣いても笑っても今日が最後なので、張り切って行こうと思います!

 

前回の続きとなりますが、週末を使ってニューヨークへ行ったときのことを思い出してみたいと思います。

私の住んでいたノースリッジから小一時間のところにあるBurbank(バーバンク)という空港から、飛行機を乗り継ぎ一路カリフォルニアからニューヨークへ。

こう書くと西海岸から東海岸へひとっ飛びというイメージですが、そのひとっ飛びが異常に遠いのです・・・乗り継ぎの加減もあったとはいえ、朝に出て着くのは夜ですからね。

同じ国ですが時差もありますから、旅慣れた人ならともかく、大方の人にとっては「ちょっとそこまで」というような規模の移動でないことは確かです。

 

さて、最初に感動したのはなんと言っても機内から見えた夜景!

光の絨毯とでも言うべき夜の街の上空を悠遊と飛ぶのは何とも言えない気分でした。

ニューヨークの空港と言えばJFK空港ですが、「ハドソン川の奇跡」で有名になったラガーディア空港の方が実はマンハッタンから近い場所にあったりします。

 

セントラルパーク近くのホテルへ着いたのは遅い時間で、あまり外をウロウロする気にもなれず、ホテルに紹介してもらった近くのステーキハウスへ行きました。

シェフがちゃんと目の前で焼いてくれるのですが、ナイフで肉を切るのも焼いた肉を裏返すのもいちいちオーバーアクションで(笑)、味も勿論美味しかったのですがショー的な要素が強く、目で楽しませる部分に力を入れているのがなんとも愉快でした。

観光の部分は、ネットの世界にゴマンと情報があるので端折ります。

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とはいえ、何も無いのも寂しいのでota_otaがあえて選んだ写真は自由の女神の「後ろ姿」。

冷静に考えてみると、自由の女神を映像で見るのって正面からか斜め前からばかりなんですよね。

 

ちなみに。自由の女神は裸足ではありません。よく見ないと気付きにくいのですが、ちゃんとサンダルを履いているんですよ(^^

前回の記事にも書きましたが、私はカリフォルニアに住み、週末の小旅行でサンフランシスコ、ラスベガス、そしてニューヨークへ足を運びました。

 

アメリカ横断ウルトラクイズ(歳がばれる・・・)、ニューヨーク恋物語(また)、ブロードウェイ、タイムズスクエア、自由の女神、エンパイアステートビルディング、セントラルパーク。パッと思いつくだけでもニューヨークに関連するものが沢山あります。

他の都市に比べてメディアに取り上げられる機会が多いからかもしれませんが、私の出向いた中では、ニューヨークが自分の持つアメリカのイメージに一番近かったと思います。

 

ニューヨークで経験したちょっとしたピンチと言えば、カリフォルニアへ戻る当日ホテルを早朝にチェックアウトする際、ロビーのトイレに行こうと思ったら鍵がかかっていて入れなかったことです。

個室に鍵がかかっていたのではなく、トイレそのものに入れなかったんです。

あやうく人としての尊厳を失ってしまうところでした(ToT

 

フロントの方に懇願して開けて頂いたのですが、聞いてみますとこれはなんとホームレス対策だったのです。ちょっとビックリでした。

この後カリフォルニアへ戻り、程なく私の留学生活は終わりを迎えます。たった2ヶ月でしたが、帰国するのは本当に淋しかったです。

それはきっと完全燃焼出来た証だったのだろうと思います。

 

空港で仲間に見送られ、涙ながらに受けたセキュリティチェックで金属探知機に3度連続引っかかり、周囲を爆笑の落とし入れたのも今となっては良い思い出ですが(笑)、日本から出ることで得たものはとても大きかったですし、逆に日本の良さを再認識するきっかけにもなりました。

冗談みたいな話ですが、2ヶ月ずっとブロンドばかり見ていたからか、帰国したときに感じた日本人の「黒髪の美しさ」は衝撃でした。それまでずっと黒髪って重苦しいイメージしか無かったですから。

ハイウェイを何時間走っても変わらない荒野と赤土を見た後に感じる日本の山々の素晴らしさ。春夏秋冬姿を変える山々に外国人が感銘を受けるのも、きっと共感できることでしょう。

最近でこそ変な事件も多く見かけますが、治安が良いのは圧倒的に日本が優位な部分です。海外で遅い時間に一人で出歩くのは本当に危険ですから、そこは肝に銘じておきましょう。

 

留学などでホームを離れるということは、良いことも悪いことも客観的にものを見る力をつけるチャンスだと思います。また海外では相手のことだけでなく、相手の母国の文化も尊重することを忘れないでくださいね。

拙い文章ですが、最後までご覧下さって本当に有難うございました。
またどこかでお目にかかりましょう!

ota_ota 拝

ota_otaの渡米体験記 4th mov.

ota_otaの渡米体験記 2013年11月29日

こんにちは、ota_otaです!

全5話(予定)のこのコーナーもいよいよ後半戦に突入です。「お役立ちコラム」という立派なコーナーにスペースを頂いたのに、あまりお役に立てていないような気もしますが、最後まで元気良くいってみたいと思います。

 

その前に。こちらで同僚ライターKIKIさまが書いておられる「フランス留学体験記」を拝読していて思い出したことがあります(KIKIさま、突然巻き込んでしまってスミマセン)。

そう言えば当時、私にもアメリカンネームなるものがありました!

私はイニシャルがKなのでKENTでどうだ?と、アメリカ人の友人が名付けてくれたんです。

KIKIさまとは事情が異なるのですが、彼が言うには欧米系の人たちにとってアジア系の名前は覚えるのも発音するのも難しいらしく、覚えやすいアメリカ人の名前を持っておけ、ということでした(CSUNのローカルルールだった可能性も否定出来ませんが)。

 

当時はそうなんだ!と思ったものですが、今は天動説とかジャイアンルールといった言葉が浮かばなくもないですね(笑)

実際の私を知る人には「どの辺がKENTなのか」とでも詰め寄られそうですが、こうして私は「KENT」として2ヶ月過ごすことになったのでした。内緒ですがこの名前、実は今でも気に入っていたりします(^o^

 

さて、今日は前回に続き週末の思い出について書いてみたいと思うのですが、日夜勉学に励む学生にとって(参:ota_otaの留学体験記 3rd mov.)、週末は貴重なリフレッシュタイムであります。

車を持つ仲間に乗せられ走ること約半時間。週末夜によく足を運んだのは、ロサンゼルス郊外にあるMonterey Park、通称リトル台北にあるレストランでした。

美味しいレストランが立ち並ぶことで有名なこの界隈。ここで私たちが気に入っていたのは「珈琲紅茶」というメニューです。

コーヒーか紅茶かどっちやねん!(なぜか関西弁)とツッコミたくなるメニューですが、実はこれ、文字通りコーヒーの紅茶割り(紅茶のコーヒー割り?)で、エバミルクをタップリ入れて飲むんです。家庭でも簡単に再現出来ますし、とっても美味しいので皆さんも是非一度試してみて下さいね。

こんな風にして地元(ロサンゼルス近郊)で過ごした週末の方が圧倒的に多いのですが、生活費を切り詰めサンフランシスコ、ラスベガス、ニューヨークへも行ってみました。

 

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もっと他にも行きたいところはあったのですが、時間と費用の関係で(^^;

サンフランシスコとラスベガスは仲間の車でひた走り、ニューヨーク行きの時は朝に寮を出たのにマンハッタンに着いたのは夜遅く。総じていずれもアメリカの広大さが際立つ旅行でした。よく考えたら、同じ国なのにニューヨークとロサンゼルスでは時差があるんですよね。

サンフランシスコでは坂の多さとフィッシャーマンズワーフで食べたランチのボリュームに度肝を抜かれ、展望台からゴールデンゲートブリッジを眺めたときは本当に時間が経つのを忘れてしまいました。EPSON MFP image

ここで印象的だったのは、展望台にいた「ただひたすら観光客と一緒に写真を撮られるアメリカ人のオジサン」です。シャッターを切ってあげる側ではなく、観光客と一緒にゴールデンゲートブリッジを背に写真に写る側なんですよ。

有名人でもないのに、次から次に声がかかり一緒に写真に写るその様はとても不思議な光景でした(笑)

ラスベガスは車2台、計7名での旅行でした。ラスベガスと言えばカジノや豪華ホテルを思い浮かべますが、私たちは皆倹約家でしたから、モーテルでツイン2部屋に分かれて宿泊しました(ギャンブルは勿論見てるだけ/笑)。日本でモーテルというとどうも「連れ込み宿」的なイメージが拭えないのですが、まったくそんなことはなく、広々とした部屋で快適に

・・・とは言えない事情がありました。

7名の内訳は女性2名+男性5名。自動的に女性2名で1部屋占有が決まり、残り5人で1部屋。

ベッド争奪ジャンケン杯開始。1位はベッド、2位はマットレス、3位はソファー、4位はベッドのマットレス無し、5位は床の上+翌朝皆を叩き起こすお役目付。

なんとなくお察し頂けると思いますが、案の定私が5位でした(泣)

 

ほぼ眠れず寝ぼけてシャワーを浴びている途中、足を滑らせ咄嗟にシャワーカーテンにしがみついたもののカーテンレールごともげ落ち胸を強打。

大きな物音にもめげずメンバー全員熟睡で起きる気配なし。

幸い大事に至りませんでしたが、こんなときに備えちゃんと留学生保険には入っておきましょうね(笑)。

 

今日も随分と長くなってしまいました。次回最終回はニューヨークの話と日常のちょっとしたトラブルなどを含め総括です。

それではあと一回、どうぞ宜しくお願い致します!

ota_otaの渡米体験記 3rd mov.

ota_otaの渡米体験記 2013年11月22日

こんにちは。ota_otaです!

毎日寒いですね。私は元々寒さよりも暑さの方が苦手だったのですが、年々どちらもダメになってきました(ToT

名ライターさん達が繰り広げる名文の中に埋没せぬよう必死なota_otaですが、第一回では留学の経緯、第二回では授業についてお話ししてきました。今日は「放課後・休日」についてお話ししてみようと思います。

 

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住んでいた寮はこんな感じのところです。

古い写真ですみません(^o^;

 

 

通学や買い物で活躍する学生の足と言えば、なんと言ってもこれは今も昔も圧倒的に自転車!なのであります。

ここ暫く世の中不景気が続いたせいか物価が下がり、一昔前では考えられないような値段で手に入る物が増えました。自転車もその一つですよね。

 

昔はメチャクチャ高価でないにせよ今のような値段では買えないものの一つでしたが、アメリカでは1万円も出せば変速機付きのちょっとしたスポーツタイプの自転車が買えちゃったのです。

それが私の相棒でした。

この相棒に乗って学校へ行き、帰りにスーパーで買い物を済ませて寮へ戻り、日が落ちるまでプールで泳ぐのが食事をサッと済ませたら眠る直前まで机に向かうのが私のお決まり・平日編でした。

 

皆さん、突然ですが。

日本でお酒が飲めるのは20歳から。では、アメリカでは何歳からかご存知ですか?実は21歳からなのです。つまり、日本でお酒の楽しみを覚えて間もない新成人がアメリカへ行くと、いきなり法律で禁酒を強いられるという、非常にスパルタな仕組みとなっているのです(笑)

「こそっと買っちゃえば分からないでしょ?」と考えたア・ナ・タ。 大甘ですよ。

アメリカでは年齢を証明できる公的証明書が無ければ売ってすらもらえないのです。

誰に断りなく自販機でアルコールやタバコが買えるのは当たり前(当時の日本はそんな状況でした)と思っていたので、これはカルチャーショックでした。

 

そんなことで私も苦行の洗礼を受けた一人なのですが(笑)、誕生日当日にビールケースを担いでマーケットのレジに並び(私は滞在中に21歳の誕生日を迎えました)、「Show your ID.」と言われパスポートを見せたときに「Congratulations!」と笑顔で祝福されたことが忘れられない思い出の一つだったりします(^^

 

アメリカと言えば何事に対してもどこか大らかなイメージを抱く方が多いと思うのですが、この話のように妙に合理的だったり徹底していることが他にもちょこちょことあります。

例えば、信号のない交差点で一旦停止の指示がある場所だと、日本では「とまれ」の標識と停止線があるだけで、指示通り一旦停止するかどうかはドライバーの順法精神に委ねられています。

アメリカでは停止線の代わりに10センチ?程度のコブ(段差)が設置されていて、そのまま通過しようものなら「ドンッ!」とすごい衝撃が車を襲い、確実に一旦停止して徐行しないと自分が痛い目に合うように出来ているのです。

違う言い方をすれば、これは歩行者を徹底して守るための工夫とも言えますよね。

 

「放課後・休日について」と言いながら、放課後の一部分だけでかなりの長くなってしまった、続きは次回仕切り直したいと思います(ゴメンナサイ/汗)。

次回は週末の思い出や、週末を利用した旅行のことについて書いてみたいと思いますので、どうか楽しみにお待ち下さいね。それでは!

ota_otaの渡米体験記 2nd mov.

ota_otaの渡米体験記 2013年11月15日

こんにちは、ota_otaです!

季節がすっかり変わってしまいましたが、皆さんおかわりありませんか?

母国にいても海外渡航時でも健康は充実した生活の基本ですから、お互い体調管理はしっかりしておきましょうね。

 

前回の記事で私は「夏休みの一部を含んだ2ヶ月間、指定の大学(海外の提携校)で授業を受けると自校の単位として認定する」というプログラムに参加したと書きました。

そうなんです。2ヶ月ですから留学と言えどド短期なのです。
今日はその「ド短期留学」の内容についてお話ししようと思います。

 

CSUNで私が受けた授業はESL(English as a Second Language)というもので、それは英語を第二言語とする人達、つまり、「英語以外の言語を母国語とする人達が英語を学ぶためのコース」でした。

ですから私のように日本人をはじめとするアジア人もいれば、ヨーロッパ諸国の人や中東の人達など非常に様々な国から参加者が集まっており、人種の坩堝アメリカだけあって非常に国際色豊か(?)な授業だったのがとても印象に残っています。

ヨーロッパから来ていた仲間は、別々の言語を持つ国が地続きになっているお国柄なのか、4-5ヶ国語話せる人も珍しくありませんでした。

また、別のある国(名誉のために伏せますが、有名な産油国のどこかとだけ/笑)から来ていた仲間は、文法などはメチャクチャなのに、自信満々で話しているせいか大抵相手には話が通じていたのが面白かったです。

人間、気合は大切だなと思いました(笑)

 

さて、このESLは「英語を勉強する」と言っても日本の英語の授業のように「This is a pen.」とか、そういうことをやる訳ではありませんで、基本的には英語の教科書や英語の本を教材として「英語を使って何かを学ぶ」というスタイルになります。

そうは言えど、所謂大学の講義のように高い専門性のある内容を学ぶ場でもありません。

つまり、ESL最大の目的は「英語のコミュニケーションスキルをアップさせること」で、その先にはビジネスや現地の学校への入学といった真の目的があるという訳なのです。

実際私の日本人仲間はアメリカの大学入学を目指して高校卒業後直ぐ、あるいは大学を休学してやってきた人や、一度社会人になってからビジネス英語を鍛えるためにやってきた人など「ESLは通過点でしかない人」が殆どでした。

こんな具合に集まった仲間に加え、諸外国から集まった同じ志しを持つ人達がオン・オフ問わず切磋琢磨しあう訳ですから、日々の生活が充実しないわけありません。

 

それと、留学するということは「その土地で生活すること」を意味します。

私は短期間で帰国しましたが、旅行者としてその街を「通過」するのと、仮住まいであっても住居を構えその街に「住む」のとでは肌で感じるもの・得るものが全く違いますから、たとえ短いスパンであっても、留学に興味をお持ちの方には是非どうか挑戦して頂きたいと思います!

 

今回の記事はここまでです。今日も最後までご覧下さって有難うございました。
次回は日々の学外での生活について書いてみたいと思いますので、楽しみにお待ち頂ければ幸いです。

それでは!

ota_otaの渡米体験記 1st mov.

ota_otaの渡米体験記 2013年11月8日

はじめまして、ota_otaと申します!

今回ご縁あってこちらのコーナーで記事を書かせて頂くことになりました。

私の拙い文章で自身の留学経験をどれだけお伝え出来るか不安ですが、少しでも留学を検討しておられる方々のお役にたてるよう精一杯務めさせて頂きたいと思っております。どうか最後まで宜しくお付き合い下さいませ。

 

これから書かせて頂くのは、私が大学三回生のときに参加したあるカリキュラムの体験記で、それは「夏休みの一部を含んだ2ヶ月間、指定の大学(海外の提携校)で授業を受けると自校の単位として認定する」というものでした。

行き先はアメリカのカリフォルニア州、ロサンゼルスから北西へ車で小一時間程の場所にあるNorthridge(ノースリッジ)というところで、比較的治安の良い静かな街です。

その街にあるのが私の第2の母校(?)、California State University Northridge(カリフォルニア州立大学ノースリッジ校)です。学生たちは頭文字をとってCSUN(シーサン)と呼んでいたのですが、どうもそのように呼んでいたのは当時の日本人仲間だけだったのか、現地人にシーサンと言っても通じないことが度々ありました。

発音が悪かったのでしょうね、きっと(笑)

 

キャンパスは広々としており、芝生で休んでいると目の前をリスが走り回っているような自然豊かな環境で、昼休みや放課後には色々なサークルのメンバーが活動を始め、少し離れた場所では1人で楽器の練習をする人がいたり読書に耽る人がいたり、皆がそれぞれのスタイルでキャンパスライフを楽しんでいました。

私は8月から10月にかけて渡米していたのですが、現地の気候は気温自体は日本より高いものの湿度が低く、カラッとしているのでとても快適でした。汗をかいても少し木陰にいると直ぐ汗が乾くほどです。

帰国が近付く頃の朝晩はかなり寒く、日中との温度変化がかなり大きかったと思います。一つ不思議だったのは、雨は少ないのになぜか「乾燥し切った感じ」は希薄でした。

 

さて、日本人の多くの人が知らない(知らなかった)であろうこの街を一躍有名にしたのは、阪神大震災から丁度一年間前、1994年1月17日に起こった「ノースリッジ地震」です。

Wikiによるとマグニチュードは6.7程度だったとのことですが、震源の深さが僅か14.6キロと非常に浅かったため、地域一帯に甚大な被害をもたらす地震となってしまいました。今では言われなければ気付くことも無いと思いますが、当時はCSUNのキャンパスも大きなダメージを受け、震災後校舎の一部は長く立ち入ることすら出来なかったと聞いています。

 

ところで、留学といえば「ホームステイ」という言葉をイメージされる方も多いと思うのですが、CSUNには留学生向けのアパート(学生寮)が多数あり、私もその1部屋を借りて学校へ通っていました。

学生寮と聞くと私はなぜかボロボロの古いアパートを想像してしまうのですが(笑)、CSUNの学生寮は全くそんなことはなく、新しくて非常に清潔な建物でした。

何棟かに1つプールがあって、勿論タダで泳ぎ放題!真っ黒に日焼けして何しに留学したんだか・・・といった感じでした(^o^;

 

さて、今回は私の行き先となった街ノースリッジとその大学について軽くご紹介してみました。少しでも興味を持って下さった方がおられれば幸いです。

次回は現地で受講したコースの内容や、滞在中の出来事について書いてみたいと思います。それでは!

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